ルシアンはなぜブラジャーを作りはじめたのか——京都の老舗が挑んだ、下着革命の物語。
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1966年、ルシアンはなぜブラジャーを作りはじめたのか
——京都の老舗が挑んだ、下着革命の物語
「ブラジャーをどこで買うか」に、これほど選択肢が増えたのはいつ頃からでしょうか。いまでは当たり前のように店頭に並ぶブラジャーも、かつては限られたメーカーだけが手がける、高嶺の花に近い存在でした。
ルシアンが女性向けインナーウェアの世界に踏み込んだのは、1966年(昭和41年)のことです。
レース専門の老舗が、なぜブラジャーを?
ルシアンの前身は、1933年(昭和8年)に京都で創業したレース専門の商社です。婦人服に欠かせない「レース」という素材を知り尽くした会社が、なぜ突然ブラジャーの製造に乗り出したのか。
答えは、時代の変化を見据えた判断にありました。
高度経済成長まっただ中の1960年代、日本の女性たちの暮らしは急速に変わりつつありました。洋服を着る機会が増え、体のラインを整えるインナーへの関心が高まる。ファッションの多様化とともに、ブラジャーやガードルといった「ファンデーション」と呼ばれる下着が、一部の女性だけのものではなく、日常の必需品になっていく——そんな予感が、業界の中で確かに漂っていた時代です。
先発メーカーの背中を追いかけて
当時、ファンデーション市場では先発メーカーが圧倒的な存在感を持ち、年率20%以上という驚異的な成長を遂げていました。百貨店を中心とした高級品市場を押さえ、まさに日の出の勢い。
そこへあえて挑んだのが、ルシアンの当時の経営陣でした。
「当たって砕けろ」——そんな気概でファンデーション事業に参入したルシアンが選んだ戦場は、百貨店ではなく量販店(スーパー)でした。高級路線ではなく、より多くの女性が手に取れる価格帯で、日常に寄り添うインナーを届ける。その判断が、その後のルシアンのものづくりの原点になっていました。
「肌のいちばん近く」を、真剣に考えてきた60年
あれから60年近くが経ちました。
いまのルシアンのブラジャーは、ワイヤーあり・なしの選択肢から、骨格タイプ別の設計、着け心地を追求した素材開発まで、当時とはくらべものにならないほど進化しています。それでも変わらないのは、「より多くの女性の日常に、心地よいインナーを届けたい」という出発点の精神です。
「一人でも多くの女性を美しく幸せにする」
ルシアンの経営理念にはこの言葉があります。創業時の挑戦から変わらず受け継がれてきた、その思いはいまも製品の一枚一枚に込められています。